まず結論から
1.むし歯について
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「定期メインテナンス(定期クリーニング)を受ければ、むし歯が劇的に減る」という強い科学的証拠(エビデンス)はあまりありません。
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むし歯を左右しているのは主に
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毎日の砂糖(糖質)のとり方
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フッ化物(フッ素)入り歯みがき粉などの、日々の適切な使用
であることが、WHO や FDI(世界歯科連盟)、厚労省の資料からはっきり示されています。健康日本21アクション支援システム+4AGES+4complementaryfeedingcollective.org+4
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2.歯周病について
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歯周病を治療したあと、**定期的にメインテナンスに通っている人は「歯を失いにくい」**ことを示す研究がたくさんあります。
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例えば、
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Lee らのシステマティックレビュー
Impact of Patient Compliance on Tooth Loss during Supportive Periodontal Therapy: A Systematic Review and Meta-analysis(J Dent Res, 2015)PubMed -
de Oliveira Campos / Rovai らの
The Effects of Patient Compliance in Supportive Periodontal Therapy on Tooth Loss: A Systematic Review and Meta-analysis(Int Acad Periodontol, 2021)PubMed+1
などです。
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ただし、ここで効いているのは
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「スケーリングやポリッシングという“クリーニングそのもの”の直接効果」よりも
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「定期的に通うことでセルフケアや生活習慣が整う」「モチベーションが維持される」
といった行動の変化・継続の影響が大きいと私は考えています。 後ほど説明をします。
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3.当院の考え方
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当院では、
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「メインテナンスさえ受けていれば安心」ではなく、
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「ご自身のセルフケアの質を高めて(最小限)、メインテナンスに“頼らなくてよい”状態を一緒に目指す」
ことを大切にしています。
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定期的に来ていただくことは、
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やる気(モチベーション)の維持・確認
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正しいやり方の微調整とフィードバック
の意味が大きいと考え、そのことをご説明しています。
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むし歯と定期メインテナンスの関係
1)むし歯は「毎日の生活」の病気
厚生労働省 e-ヘルスネット「むし歯の予防法(総論)」では、むし歯は
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歯の表面に付着した**プラーク(歯垢:細菌の塊)**が
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食べ物・飲み物に含まれる糖分を分解して酸を出し
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その酸で歯のミネラル(カルシウムなど)が溶ける「脱灰」と
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唾液中のリン酸カルシウムなどが歯に戻る「再石灰化」
というサイクルのバランスが崩れ、脱灰の方が優位になったときに起こると説明されています。健康日本21アクション支援システム+1
もう少しやさしく言うと、
「歯が溶ける(脱灰)」と「唾液の力で元に戻る(再石灰化)」の綱引きが、毎日の食事のたびにくり返されていて、
そのバランスが“溶ける側”に傾き続けた結果がむし歯。
というイメージです。
2)砂糖とむし歯:WHOのガイドライン
WHO は「Guideline: Sugars intake for adults and children」(2015年)で、
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**遊離糖(砂糖・シロップ・果汁など)の摂取を総エネルギーの10%未満に抑えることを“強く推奨”**し、
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5%未満にできれば、むし歯などのリスクがさらに下がる可能性がある、と述べています。世界保健機関+2AGES+2
つまり、**むし歯予防の核心は「どれくらい・どのくらいの頻度で砂糖をとるか」**という“毎日の食生活”にあります。
3)フッ化物(フッ素)の役割:FDI の見解
FDI(世界歯科連盟)のポリシーステートメント
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「The Use of Topical Fluoride for Caries Prevention」(2025年改訂) fdiworlddental.org
や -
「Understanding Dental Caries – Fact Sheet」 fdiworlddental.org
では、
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フッ化物配合歯みがき粉を毎日使うことが、世界的なむし歯減少の主な要因のひとつである
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適切な濃度(通常 1,000–1,500ppm 程度)のフッ化物は、
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エナメル質の耐酸性を高める
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再石灰化を促進する
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と説明されています。
4)プロのクリーニングだけでむし歯は防げる?
一方で、**「プロフィー(ラバーカップでの研磨)そのものが、どれくらいむし歯と歯肉炎を防ぐか」**を調べたシステマティックレビューもあります。
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Azarpazhooh & Main
Efficacy of dental prophylaxis (rubber cup) for the prevention of caries and gingivitis: a systematic review of literature(Br Dent J, 2009)PubMed+1
このレビューでは、
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子どもにおいて、フッ素塗布の前にラバーカッププロフィーをしてもしなくても、むし歯予防効果に差は認められない
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一般の人に対する、定期的なプロフィーの歯肉炎予防効果もはっきりしない
と結論づけています。
つまり、
「プロのクリーニング=むし歯を直接強く防ぐ」というわけではない
というのが、現状の高レベルな研究から見える姿です。
歯周病と定期メインテナンスの関係
1)「通い続ける人は歯を残しやすい」というエビデンス
歯周病治療を行ったあとに
**サポーティブペリオドンタルセラピー(SPT:メインテナンス)**にどれくらいきちんと通えているか(コンプライアンス)と、
歯の喪失数を調べた研究は多数あり、システマティックレビューも出ています。
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Lee CT ら
Impact of Patient Compliance on Tooth Loss during Supportive Periodontal Therapy: A Systematic Review and Meta-analysis(J Dent Res, 2015)PubMed+1 -
de Oliveira Campos IS / Rovai S ら
The Effects of Patient Compliance in Supportive Periodontal Therapy on Tooth Loss: A Systematic Review and Meta-analysis(Int Acad Periodontol, 2021)PubMed+2repositorio.ufmg.br+2
これらのレビューでは、
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SPTにきちんと通う人ほど、歯を失う本数が明らかに少ない
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メタ解析では、SPTに非協力的な人は、協力的な人に比べて歯の喪失リスクが約26%高い
と報告されています。
ここから言えるのは、
歯周病を治療したあとの「定期的な受診(メインテナンス)」には、歯を守るうえで意味がある可能性が高い
ということです。
2)しかし「スケーリング&ポリッシング」単独の効果は?
一方で、一般的な成人に対して
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6か月ごとのスケーリング&ポリッシング(SC & P)
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12か月ごとの SC & P
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あるいは計画的な SC & P を行わない
といった違いによって、歯ぐきの状態がどれくらい変わるのかを調べたコクランレビューがあります。
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Lamont T ら
Routine scale and polish for periodontal health in adults(Cochrane Review, 2018)
(日本語要約ページ:Cochrane.org の解説) Cochrane+3コクランライブラリ+3PMC+3
このレビューでは、
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歯肉出血やポケットの深さなどの指標について、
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6か月ごと vs 12か月ごと vs 計画的に行わない
のあいだで「差があったとしてもごく小さく、臨床的に意味があるとは言いにくい」
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歯石の量はやや減るものの、それが患者さんにとってどれほど重要かは不明
とまとめられています。
さらに、イギリスで行われた大規模クラスターRCT(IQuaD試験)でも、
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Ramsay CR ら
Improving the Quality of Dentistry (IQuaD): a cluster factorial randomised controlled trial…(Health Technol Assess, 2018)PubMed+3NCBI+3ResearchGate+3
において、
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「SC & P の頻度」や「オーラルハイジーン指導の有無」の違いが、
3年後の歯肉出血などの指標に大きな差を生まなかった
という結果が出ています。
つまり:
一般的な成人に対する「決まった間隔でのスケーリング&ポリッシング」単独には、
歯周病を大幅に減らす“強い直接効果”は示されていない
と考えられます。
では、なぜ「通っている人は歯を残しやすい」のか?
ここまでを整理すると、
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SPTにきちんと通う人ほど歯を残せている(コホート研究・メタ解析)
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しかし、SC & P の頻度そのものには、大きな差が出ていない(RCT・コクランレビュー)
という、少し不思議な状況が見えてきます。
このギャップを説明するカギが、**「セルフケア」と「モチベーション」**だと考えられています。
1)プラークはすぐに付き直す
プラークは、いったんきれいに落としても数時間〜数日でまた付き始めます。
3か月に1回の完璧なクリーニングだけでは、残りの約90日間のセルフケアが不十分なら、歯周病は簡単に再発してしまいます。
2)毎日のセルフケアが歯周病予防の“主役”
多くのガイドラインや総説では、歯周病予防の第一歩として
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毎日のブラッシング(ハブラシ)
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歯間ブラシなどの補助清掃具
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必要に応じた禁煙・生活習慣の見直し
が、最も重要な土台だと説明されています。AAPD+1
3)定期メインテナンスの本当の価値
したがって、定期メインテナンスの「本当の価値」は
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プラークや歯石を“ゼロ”にすることではなく
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セルフケアの質とモチベーションを継続的に支えること
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磨き残しのチェック
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道具の選び方の見直し
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生活習慣や全身疾患(糖尿病・喫煙など)との関連の説明
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にあると考えた方が、エビデンスとも矛盾しません。
つまり、
「定期的に通っている人は歯を残しやすい」=「通っている人ほどセルフケアや生活管理が続いている」
という要素が大きい、という見方です。
この意味で、定期メインテナンスそのものに「強い直接予防効果がある」と言い切ることは難しい一方で、
「通うことをきっかけに、良い習慣が続いている人の結果が良い」とは言えそうです。
当院がめざすのは「メインテナンスに頼らなくていいお口」
最後に、当院のスタンスをもう一度整理します。
むし歯予防について
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WHO の砂糖摂取ガイドラインや厚労省 e-ヘルスネットの内容に基づき、
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砂糖・甘い飲み物の量と“回数”をどう減らすか
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フッ化物入り歯みがき粉を毎日どう使うか
を中心にお話しします。健康日本21アクション支援システム+3AGES+3complementaryfeedingcollective.org+3
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歯周病予防について
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歯周病治療後のメインテナンスの重要性は、先ほどの研究の通りお伝えしつつ、
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それでも主役は
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毎日のブラッシング・歯間ブラシなどのセルフケア
だということを、しっかりご説明します。
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当院の定期メインテナンスで大事にしていること
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「どこが磨けていないか」を一緒に確認する時間
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歯ブラシや歯間ブラシの当て方・動かし方の練習
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生活習慣(食事・喫煙・全身疾患など)との関連の説明
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自分でコントロールできている実感を持ってもらうこと
そして目標は、
「定期メインテナンスがなくても、大きなトラブルなく過ごせるお口の環境」
を作ることです。
そのために、当院では
「むし歯や歯周病を“治療する場所”だけでなく、“予防の知識とやる気を育てる場所”としてのメインテナンス」を大切にしています。
「自分はどれくらいの間隔で通うのがいいのか?」「今のセルフケアは十分か?」など、
気になることがあれば、ぜひ遠慮なくご相談ください。
出典・参考文献(患者さん向けに一部を抜粋)
むし歯・糖質・フッ化物
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世界保健機関(WHO)
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Guideline: Sugars intake for adults and children(2015)
https://www.who.int/publications/i/item/9789241549028 世界保健機関+1
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FDI 世界歯科連盟
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The Use of Topical Fluoride for Caries Prevention(Policy Statement, 2025)
https://www.fdiworlddental.org/sites/default/files/2025-08/2.%20Topical-Fluoride_EN-FR-DE-ES.pdf fdiworlddental.org -
Understanding Dental Caries – Fact Sheet(2025)
https://www.fdiworlddental.org/sites/default/files/2025-04/FDI%20Understanding%20Dental%20Caries%20Fact%20Sheet_Apr25_Spreads.pdf fdiworlddental.org
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厚生労働省 e-ヘルスネット
-
Azarpazhooh A, Main PA.
-
Efficacy of dental prophylaxis (rubber cup) for the prevention of caries and gingivitis: a systematic review of literature. Br Dent J. 2009;207(7):E14.
PubMed: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/19816459/ PubMed+1
-
歯周病・メインテナンス
-
Lee CT, et al.
-
Impact of Patient Compliance on Tooth Loss during Supportive Periodontal Therapy: A Systematic Review and Meta-analysis. J Dent Res. 2015.
PubMed: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25818586/ PubMed+1
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de Oliveira Campos IS, Rovai ES, et al.
-
The Effects of Patient Compliance in Supportive Periodontal Therapy on Tooth Loss: A Systematic Review and Meta-analysis. J Int Acad Periodontol. 2021.
概要:https://www.perioiap.org/publications/53-january-2021/224-the-effects-of-patient-compliance-in-supportive-periodontal-therapy-on-tooth-loss-a-systematic-review-and-meta-analysis perioiap.org+2repositorio.ufmg.br+2
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Lamont T, et al. (Cochrane Review)
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Routine scale and polish for periodontal health in adults. Cochrane Database Syst Rev. 2018.
Plain language summary: https://www.cochrane.org/evidence/CD004625_routine-scale-and-polish-periodontal-health-adults コクランライブラリ+1
-
-
Ramsay CR, Clarkson JE, et al.
-
Improving the Quality of Dentistry (IQuaD): a cluster factorial randomised controlled trial… Health Technol Assess. 2018;22(38).
PubMed: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29984691/ NCBI+1
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